◇2017年度 第2回 日本比較文学会 北海道研究会プログラム




〈開会の辞〉          種田 和加子(藤女子大学

■研究発表 14:30-16:00

太宰治『新ハムレット』の喜劇的精神

唐 雪(北海道大学大学院博士後期課程)
司会 井上 貴翔(北海道医療大学

小川洋子と〈大人にならない少年たち〉
 ―『猫を抱いて象と泳ぐ』とその周辺―

中村 三春(北海道大学
司会 村田 裕和(北海道教育大学

<休憩>

■特別企画 16:15-17:20

著者に聞く 飛ケ谷美穂子『漱石の書斎』(慶応義塾大学出版会)をめぐって
聞き手 種田 和加子(藤女子大学

〈閉会の辞〉         日本比較文学会北海道支部長 中村 三春(北海道大学

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【発表要旨】

〈研究発表〉
太宰治『新ハムレット』の喜劇的精神
唐 雪(北海道大学大学院博士後期課程)

 太宰治のはじめての本格的長篇小説『新ハムレット』(1941、文藝春秋社)は、題名の通り、ウィリアム・シェークスピア(William Shakespeare, 1564-1616)の四大悲劇の一つに数えられる、全五幕二〇場からなる『ハムレット』(THE TRAGEDY of HAMLET, Prince of Denmark)に題材を仰いだ翻案小説である。
 原作においてハムレットは、作品冒頭での先王の亡霊との対面以降、狂気を装い、あたかも俳優であるかのように振る舞う。また、第三幕第二場における芝居の上演過程において、ハムレットは役者達を指導するなど、演劇に造詣の深い理論家として描かれている。
 一方、太宰は「役者になりたい」(「葉」1934)という俳優願望を抱き、その反映として「火の鳥」(1939)、「花燭」(1939)、『正義と微笑』(1942)など俳優や演劇を扱った、さしずめ役者物とでも言うべき作品群を相次いで書いたのである。
 ところで、『ハムレット』は、単純な悲劇にとどまらず、ノンセンス文学や喜劇的な要素をも同時に持ち合わせている。極めて多面的な性格を持つ作品であることを見落としてはならない。それに対して、『新ハムレット』は、原作において重要な役割を果たす道化役を削除したものの、その代わりに一種の道化役に相当するような登場人物たちが乱舞し、作中の随所に太宰独自の道化的精神が発揮されている。先行研究において、例えば小田島雄志が、『新ハムレット』において「悲劇の日常化」(「新ハムレット―太宰化の過程」、『国文學解釈と教材の研究』1967・11)が行われたと指摘したように、『新ハムレット』は悲劇として捉えられる傾向があった。
 本発表では、『新ハムレット』が持つ喜劇的な面に注目したい。『ハムレット』と『新ハムレット』を比較検証し、太宰がなぜ、そしてどのように『ハムレット』を翻案したかを明らかにする。

新ハムレット (新潮文庫)

新ハムレット (新潮文庫)

小川洋子と〈大人にならない少年たち〉―『猫を抱いて象と泳ぐ』とその周辺―
中村 三春(北海道大学

 ウラジーミル・ナボコフのチェス小説『ディフェンス』(The Diffence、1964)を訳した若島正との対談「チェス文学 言葉を抱いてチェスの海を泳ぐ」(『文學界』2009.2)によれば、小川洋子は『猫を抱いて象と泳ぐ』(2009.1、文藝春秋)を書いた際、「十八世紀に作られた世界初のチェス機械人形『トルコ人』」の話を若島から聞いた時に「この小説の色んな部分が空から降ってきて、これは書けるな、と思ったんです」と述べている。エドガー・アラン・ポーの「メルツェルの将棋差し」(Maelzel's Chess Player、1936)でも取り上げられた「トルコ人」は、伝説のチェス・プレイヤーで「盤上の詩人」と称されたアレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・アレヒンの名に肖ったチェス人形〈リトル・アリョーヒン〉として再生し、この小説の主役となる。だが、それに入るのは「大きくなること、それは悲劇である」と心に刻んで成長することを止めた少年だった。
 一定段階で成長を止める、あるいは大人になる前に死ぬ少年・少女たちを、小川は繰り返し作品において取り上げている。「刺繍する少女」(『刺繍する少女』所収)、「百科事典少女」(『最果てアーケード』所収)、「竜の子幼稚園」(『いつも彼らはどこかに』所収)、さらに『琥珀のまたたき』などがそれである。その起源は、アンネ・フランクアンネの日記』に表された、ホロコーストの惨禍の中で、少年・少女のまま永遠化したアンネとペーターなのだろう。しかし、「八歳の時死んだ私は、どこへ行ったのだろう。[…]いや、やっぱりあの人が言うとおり、死んだ私は私の中にいるのだ。私は死者となった私と一緒にいるのだ」(『原稿零枚日記』)という感覚は解明されなければならない。このたびの発表では、『アンネの日記』とチェス小説との交錯において出現した傑作『猫を抱いて象と泳ぐ』を拠り所にして、小川文芸のこの要素を探ってみたい。

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

〈特別企画〉
著者に聞く 飛ヶ谷美穂子漱石の書斎』(慶應義塾大学出版会)をめぐって
聞き手 種田 和加子(藤女子大学


 飛ヶ谷美穂子氏の新著『漱石の書斎』は、比較文学の基本的な方法としての源泉研究を主軸としており、さらに著者の関心を反映して、英国の文人のみならず、ポーランドやドイツの作家と漱石との「共鳴」を前面に出している。典拠研究にとどまらずその先にある漱石の面白さ、新しさを知らしめた新著から得るものは大きい。今回、著者に直接うかがう機会をもち、苦労された点、新しく開けた展望などをお話しいただくことにする。聴衆からの率直な質問もまじえて、知的刺激に満ちた時間を作り上げたい。