◇2011年度 日本比較文学会 北海道大会プログラム

  • 日時 2011年11月5日(土)10:00開会
  • 会場 北海道大学 人文・社会科学総合教育研究棟 4階 W409会議室

〈開会の辞〉10:00   中村三春(北海道大学
■研究発表
〈研究発表I〉10:10−11:00
安部公房と「探偵」
―「探偵と彼」における日本租界と真偽の境界―
寺山千紗都(北海道大学・院生)
〈研究発表II〉11:00−11:50
川路柳虹はなぜ「新律格の提唱」に至るのか。 
文学史形成の力学/「日本」「日本語」への視線―
竹本寛秋(北海道大学
(昼食休憩)
■ワークショップ 13:30−15:30
移民文学の比較研究―ホームとホームランドの狭間で
司会:越野剛(北海道大学スラブ研究センター)
コメンテーター:土屋忍(武蔵野大学
〈趣旨説明〉
〈報  告〉
インドからイギリスへ       小松久恵(北海道大学スラブ研究センター)
ポーランドからドイツへ      井上暁子(北海道大学スラブ研究センター)
朝鮮から日本へ                     梶谷崇(北海道工業大学
〈質 疑〉
(休憩)
■講  演 15:40−17:00
「君はエル・アナツイを見たか」:アフリカ現代美術と日本とを繋ぐもの
講師:稲賀繁美国際日本文化研究センター
〈閉会の辞〉17:00  飛ケ谷美穂子(北海道支部長)

■ 総  会 17:20〜17:50
■ 懇 親 会 18:30〜(※詳細は別項目をごらんください)

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【発表要旨】

〈研究発表I〉10:10−11:00
安部公房と「探偵」
―「探偵と彼」における日本租界と真偽の境界―
寺山千紗都(北海道大学・院生)
 安部公房は、日本におけるアバンギャルド文学の旗手として知られる作家であるが、本発表で扱う「探偵と彼」という短編小説は、多くの安部作品に特徴的な、反リアリズム的設定や、コラージュ的構成といった技巧が見られず、また、作者自身の少年時代の体験が反映されたと思しい、という点で、彼の作品としては珍しい部類に入ると言える。
 小説の舞台は、満州のHという日本人小学校のある町、とされ、作者が少年時代を過ごした奉天市を彷彿とさせる描写が多くみられる。学校教師である語り手が、小学校時代に、自分たちのいる租界の外から通う、ある貧しい少年を犯罪者だと思いこみ、「探偵」として彼を追放した過去を回想し、自分の教師としての資格に不安を抱く、というこのストーリーを、奉天を舞台とした小説として、この都市の地理的・文化的・歴史的に二重化した特殊な構造を踏まえた上で読むならば、この作品は、共同体の成立に関して、非常に示唆に富んだものとなる。また、作者が、探偵小説的プロットからは距離をとりながらも、様々な作品で書き続けた「探偵」という行為についても、作者がどのようにとらえていたのかを知る手掛かりとなるだろう。
 本発表では、当時の言説と比較した上で、日本租界という共同体の特異性、あるいは普遍性について、作中でどのように描かれているのか確認し、またそれを通して、「探偵」という行為が、ある共同体において果たす役割について、安部がどのような点を重要視していたのかについて考察を試みる。

〈研究発表II〉11:00−11:50
川路柳虹はなぜ「新律格の提唱」に至るのか。 
文学史形成の力学/「日本」「日本語」への視線―
竹本寛秋(北海道大学
 川路柳虹は一般的に、「口語自由詩」の最初の実作者と言われている。口語時自由詩の創始者と目されるその川路柳虹が、一九二五年に至って、一行一七音を基準とした「新律格」あるいは「定音自由詩」を主張することについては、未だ十分な検討がなされているとは言い難い。本発表は、川路の「新律格の提唱」がどのような条件によってなされたかを、当時整備されていく「国文学史」の理論装置との関係の中で検討するものである。
 一九二〇年代の「国文学」研究が提示する装置の一つに、人間の「身体的普遍性」をもとに、「詩歌」の起源を「突発的感情語」とし、「起源における無秩序、無律」からの整序過程として詩を位置づける語りがある。川路柳虹の「新律格の提唱」は、この語りの流れに置くならば、これまでに生産されてきた「口語自由詩」の実作品を通時的な軸に並べ、それらに隠れている(と目される)「自然に形成されてきた音律」を発見しようとする行為として位置づけられよう。そこにおいて自明視される、人間の身体的な「声」の自然性や、「日本語」特有の性質、といった設定自体の問題もあわせて検討したい。発表では、外国語の性質、外国の詩学との比較から「口語自由詩」が眺められることで、日本における韻律の学が浮上する構図があることも検討する。

【ワークショップ概要】

〈企画の趣旨:移民文学の比較研究―ホームとホームランドの狭間で―〉

 本ワークショップではユーラシア大陸の東西南にわたる三つの事例、ポーランドからドイツへの移民、インドからイギリスへの移民、朝鮮から日本へ移民を選び、移民文学の比較を行う。地域的には遠く隔たっているが、旧植民地から旧宗主国への移動という点、創作のために移住先の言葉を選んでいる点で共通している。新しい居住地(ホーム)における作家のアイデンティティ、「ここ」にはない祖国(ホームランド)の記憶、ジャンルや読者といった問題について相互の比較を行う。移民の文学は二つの言語文化圏の間を往来するという点でそれ自体がすでに比較文学者のまなざしに似ている。したがってこの企画は文学における比較の営為を比較する試みともいえよう。

《ワークショップ報告要旨》
〈インドからイギリスへ〉
小松久恵(北海道大学スラブ研究センター)
 現代英国で活躍する若手インド系作家は、移民第二世代、第三世代にあたる。彼らの作中では、ホーム文化(=白人主体の英国文化)にではなく、ホームランド文化、つまり「インド的なもの」に価値が置かれる。彼らにとって想像上のものでしかない「ホームランド」は作中でどのように表象され、それは彼らの帰属意識とどのように結びつくのか、複数の作品分析を通して考察したい。

ポーランドからドイツへ〉
 井上暁子(北海道大学スラブ研究センター)
 「地続きの移住」であるドイツへの「移動者」となったポーランド人の目に、ドイツ(「ホーム」)とポーランド(「ホームランド」)がどのように映るのかを紹介したい。社会主義崩壊後、彼らの多くは、ドイツ・ポーランドという二つの(あるいは「ヨーロッパ」も含めるならば三つの)「ホーム」を持つ。彼らにとってポーランドがいまだに「ホームランド」としての役割を果たしているのか、もしそうならば、それは何をきっかけとし、作品の中ではどのような場面として描かれるのかを考察する。

〈朝鮮から日本へ〉
 梶谷崇(北海道工業大学 
 金胤奎――直木賞作家立原正秋朝鮮民族名である。立原は作家人生の大半において出自を日朝混血と公表しながら、晩年になって両親共に朝鮮人であったこと、すなわち在日朝鮮人一世であったことを明かした。立原の存在は在日文学者のあり方の一般的なイメージを変えるものであろう。立原はいかに自らの出自に向き合い、活動を行ったのか――この問いを通して在日文学者のアイデンティティについて考察を加えたい。

【講演要旨】

「君はエル・アナツイを見たか」:アフリカ現代美術と日本とを繋ぐもの
講師:稲賀繁美国際日本文化研究センター
 昨年から今年にかけて日本を巡回している、エル・アナツイ展を糸口に、アフリカ現代美術および文化と日本とを繋ぐ可能性について探りたい。題材は表向き、造形美術の世界のこととなるが、その背後には、比較文学の立場からアフリカと切り結び、対話を開くためのきっかけが潜んでいる。欧米の文化拠点に集約された情報を通じて、アジアとアフリカが互いを認識することには、おおきな限界がある。川田順造も説くように、南北の軸に加えて東西の軸を導入し、三角測量によって西洋中心の価値判断を洗い直す作業が二一世紀の最初の十年には求められているのではないか。関連する話題として、ノグチ・イサムのモエレ沼公園や、ダニ・カラヴァンによる庭園設計なども視野におさめ、異文化交渉が触発する芸術創造の現場に触れてみたい。

【講師紹介】

 稲賀繁美(いなが・しげみ)氏は1957年広島県生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得、パリ第七大学博士課程修了(文学博士)。東京大学助手、三重大学助教授を経て、現在、国際日本文化研究センター教授。専門分野は比較文学比較文化、文化交流史。著書に『絵画の黄昏:エドゥァール・マネ没後の闘争』(1997、名古屋大学出版会、サントリー学芸賞)、『絵画の東方 オリエンタリズムからジャポニスムへ』(1999、同、和辻哲郎文化賞受賞)など。