◇2017年度 第1回 日本比較文学会 北海道研究会プログラム

2017年10月17日公開

  • 日時 2017年11月25日(土)14:30開会
  • 会場 北海学園大学6号館C30教室




〈開会の辞〉          テレングト・アイトル(北海学園大学

■研究発表 14:30-16:00
伊藤恵子「イスカリオテのユダ」における神性と英雄性
 ―イエスとユダの関係から―
 
西岡沙都美(北海道大学大学院修士課程)
司会 平野 葵(北海道大学大学院博士後期課程)


日本と中国におけるW・H・オーデンの影響
 ―中桐雅夫と穆旦(ムーダン)を中心として―

陳セン(北海道大学大学院博士後期課程)
司会 秋元裕子(北海学園大学非常勤講師)

<休憩>

■〈比較文学比較文化 名著読解講座 第15回〉16:15-17:15
坂口周著『意志薄弱文学史―日本現代文学の起源』(慶應義塾大学出版会、2016年10月)
齊田春菜(北海道大学大学院博士後期課程)
司会 寺山千紗都(北海道大学大学院博士後期課程)
〈閉会の辞〉         日本比較文学会北海道支部長 中村三春(北海道大学

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【発表要旨】

〈研究発表〉
伊藤恵子「イスカリオテのユダ」における神性と英雄性
 ―イエスとユダの関係から―

西岡沙都美(北海道大学大学院修士課程)
 伊藤恵子は、大正・昭和において、翻訳、探偵小説、児童小説などを執筆し、それぞれの分野で大きな影響を与えた作家である。伊藤は、1891年に函館で誕生した。その後、青山学院英文科を経て、1916年2月より3年間渡英している。そして、渡英中に松本泰と出会い、結婚。1923年に夫の松本泰が「秘密探偵雑誌」を創刊すると、自身も中野圭介名義で探偵小説を発表する。また、1937年8月には共訳『ヂッケンス物語』を松本恵子の名で出版し、その後も英文学をはじめとして多くの文学を翻訳している。
 以上のように伊藤は様々な分野にまたがって活躍した。最も大きな影響を与えたと考えられるのは松本恵子の名で出版された翻訳小説である。さらに、伊藤の作品群で触れておかなければならないものとして宗教文学をあげたい。特に重要な作品と考えられるのが1916年2月に『新人』に発表された、「イスカリオテのユダ」である。この小説では、ユダがイエスに付き従い、裏切り、自殺するまでが描かれている。
 イスカリオテのユダは、イエスの弟子の一人でありながらイエスを敵の手に渡した人物である。福音書においてその動機ははっきりと分からず、その死についても描写が分かれている。しかし、西洋におけるユダに対する憎悪の根は深く、生活の場でその名が忌避されたり、悪魔と同義の存在として扱われている。また、文学においてもその傾向は表れている。竹下節子は「ローマ・カトリックが基礎を築いた白人のキリスト教世界ではユダの外見にありとあらゆる醜さが付与された」ことを指摘する。西洋におけるユダは卑怯であり、醜く、救いがたい悪魔なのである。
 しかし、日本文学におけるユダは救いがたい悪魔として描かれていることは少ない。太宰治の「駈込み訴へ」や、有島武郎の「聖餐」などの作品を見てみると、ユダへの眼差しが西洋文学と異なっていることがわかるだろう。伊藤の「イスカリオテのユダ」におけるユダは、イエスの力を信じ、「理想的の王国を此世に建てられる」事を信じる人物として描かれている。
 本発表では、伊藤恵子の「イスカリオテのユダ」におけるイエスとユダの表象について分析し、二人の関係が聖書や他の文学作品との比較において、どのような意味を持っているのか明らかにしたい。

日本と中国におけるW・H・オーデンの影響
 ―中桐雅夫と穆旦(ムーダン)を中心として―

陳セン(北海道大学大学院博士後期課程)
 W・H・オーデン(Wystan Hugh Auden,1907-1973)は、T・S・エリオット(T·S Eliot,1888-1965)に続き、日中の現代詩の発展に大きな影響を及ぼした詩人である。
 日本では、1930年代『新領土』、『セルパン』などの雑誌を通じて、オーデンの新作や動向は素早く報じられた。1940年代、太平洋戦争の勃発によって、海外雑誌の入手は不可能になったため、海外文学を知るための情報源は切断された。戦後、オーデン詩の紹介は再び高揚期を迎えた。特に、荒地派詩人の中桐雅夫(1919−1983)はオーデン詩と詩論(『荒地詩集』1954、1955と『オーデン詩集』1993に収録)を翻訳し、オーデンの詩法を自作に実践した。
 中国では1940年代にオーデンブームが巻き起こった。国立西南聯合大学の教員と生徒を中心にオーデン詩の研究と模倣は盛んに行われた。当時、「九葉派」詩人の穆旦(1918−1977)はこの大学の教員であったエンプソン(William Empson、1906−1984)の授業からオーデンを知り、生涯に渡ってオーデンに私淑する。中国現代詩の歴史において高く評価される穆旦は自作にオーデンに影響されたところが数多く見られる。彼はオーデンの作品55篇(『穆旦訳文集3』2005)を翻訳した。
 オーデンは20世紀の日中現代詩人らによって共通に愛された。彼はいかに両国の詩人に選ばれ、翻訳され、各国詩人の自作に吸収され、そして両国における現代詩の変革を促進したのか。本発表は彼らを日中現代詩人の代表者として取り上げて、オーデンの影響を、1)受容の時代背景と現代詩内部の要請、2)オーデン詩の翻訳の課題、3)オーデン体験と自作の三つの方面から考察する。中桐雅夫と穆旦を対比する上で、日本における「オーデン」と中国における「オーデン」の共通性と差異性を明らかにする。そして、比較文学の視座から日中現代詩の間に存在するコミュニケーションの可能性を論じて試みたい。

比較文学比較文化 名著読解講座 第15回〉
坂口周著『意志薄弱文学史―日本現代文学の起源』(慶應義塾大学出版会、2016年10月)
齊田春菜(北海道大学大学院博士後期課程)
 本書で坂口周が明らかにしたことは、柄谷行人の「『日本近代文学の起源』が不可避的に抱えていた盲点」(『意志薄弱文学史』一三頁)である。それを明らかにするため「意志薄弱」を軸に近代・現代の日本文学を論じ直した。その基本的な骨格は、「文学の理論的な議論において使用された『曖昧』の変遷を追うこと」(二〇頁)、そして「『曖昧』の系譜を要所要所で裏側から照射して、その全体像を明るみに出し、議論を整理・補強してい」(二一頁)くことである。
 二部構成の本書は、第一部の三章では明治・大正期の作品を扱い、第二部の二章では昭和から現代までを扱っている。目次は次のとおりである。「序章 『曖昧未了』から『意志薄弱』まで」、「第一部第一章 運動する写生――正岡子規と映画の論理」、「第二章 催眠、あるいは脳貧血の系譜――夏目漱石から志賀直哉へ」、「第三章 〈気づき〉の神秘主義――内田百けんと夢小説」、「第二部第四章 発声(トー)映画(キー)の時代――横光利一の〈四次元小説〉論」、「第五章 一九六三年の分脈――大江健三郎川端康成」、「終章 『意志』をめぐる攻防」。
 今回は、坂口の「WEB寄稿『文学的人間の生存戦略』」慶應義塾大学出版会、二〇一七年九月二九日最終確認)といくつかの充実した書評などを参照し、本書の読解を行う。
 なお発表者は、本書が考察の対象とした作家や作品を専門としないため個別の評価について判断することは難しく、読解については限界がある。その限界を踏まえつつ本発表では、「第二部第四章」を中心に考察を試みたい。

意志薄弱の文学史:日本現代文学の起源

意志薄弱の文学史:日本現代文学の起源